開発ストーリー Vol.01 VAIO Fit ”普通”ではなく”スタンダード”そんなPCはつくれないか。
VAIOがお勧めするWindows.
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「このPCを使うのは、PCに詳しい人ではなく初めて買う人。もしくはファミリーのための一台。シンプルで優しいかたちを基本にできないか」(メカ設計 片平)。 誰にでも優しいということは、簡単ではない。初心者にも使いやすい“エントリークラス”と位置づけされるVAIO Fitの開発チームは「優しいかたち」とはどういうことかで頭を悩ませていた。VAIOがこれまで築いてきたエッジの効いた格好いいモデルと比べると、もっと丸みを帯びているのではないか。かといって、ただ丸いだけでは違う。シームレスで段差や隙間がないことは、初心者向けだろうが上級者向けだろうが関係なく必要だろう。部品がたくさん付くと故障の原因にもなるから、少なくしたい。VAIO Fit以前のエントリークラスモデルでは、デコレーションに頼って細かな部品を使っており、そのために製造工程が増えてしまった。完成したものはきちんとつくり込んだかたちになったが、もっとシンプルにできた可能性も残っている。あれこれと考えを巡らせてみても、行き着く先はやはり“シンプル”であった。この、あまりに意味が広く具体的に表しづらいシンプルという目標に向かって、一体どこから手を付ければいいのか。中身に特殊な部品を使ったり、特別な生産方法を取ることは通常、許されない。部品の配置もほぼ決まっている。制約の中で何をやっていくか、どこを新しくできるかの勝負。すると、ドイツ人のデザイナーが口火を切った。「バッテリーの位置を変えられないの?」。
VAIO Fitのコンセプトデザインを担当したのは、ドイツ人のデザイナーである。VAIOにやって来て間もない彼は、PCをデザインした経験が全く無かった。「新しい視点で切り込んできて、悔しいけど面白いこと考えるなと」(メカ設計 片平)。彼が、大きなコンセプトとしてあった「優しいかたち」を「白い陶器の器」に喩えたことで、ぼんやりとしていたVAIO Fitのあるべき姿が、はっきりと現れ始めた。キーボードを打つときに手のひらを置くパームレスト部分は、有機的で緩やかな曲線で構成された心地よい器にしたい。ディスプレイは、その器に水を張って表面張力でピンと張っているイメージ。器に沿わせた曲面で削ぎ落とし、洗練された印象に。PCを閉じたときにエッジが揃い、新鮮な雰囲気を醸し出す…。まるで詩を詠んでいるかのようだが、VAIOでは、デザイナーが開発メンバーにコンセプトをじっくり語った上で実作業に移る文化がある。また、デザイナーたちの間では前々から「変わらないデザイン」を実現したい思いがあった。それまでは1年ごとにデザインを入れ替えるのが当たり前。確かに、セールス側からすると新しいデザインの方がプロモーションしやすい。けれど、毎年変わるデザインでいいのか、凝ったデザインでは飽きてしまうのではないか、シンプルに徹すればデザインは古くならないのではないか、といった疑問をデザイナーたちはずっと抱えていた。ヨーロッパのデザインは「変わらないデザイン」が主流で、長く愛されている。コンセプトデザインを担当した彼の思想を理解するにつれ、チームはPCの本質へと近づいたのだ。
ドイツ人のデザイナーの提案を受け、バッテリーの位置を変えることが決まった。だが、これが一大事で、VAIO Fitの開発において最も時間を費やすことになる。前のモデルと比べ、光学ドライブやハードディスクドライブの位置はほとんど同じだが、VAIO Fitでは、バッテリーで6セル(電池)が入っていたところを4セルにし、セルが二列にでこぼこと並ぶのではなく、すっきりと横一列に並ぶようにした。「6セルだったものを4セルにするのはとてもハードルが高い。当初の計画になかった4セルにしようと言うと、その分の予算も期間も取っていなかったため開発チームのメンバーからかなり反対され、説得に苦労しました」(メカ設計 片平)。4セルに減らすことでバッテリーの持ちも問題になったが、CPU(中央演算処理装置)の進化で消費電力が下がると予想できた。また、次世代のバッテリーセルでは内容量がアップするとの情報もあった。挑戦するタイミングはやはり今しかない。こうして、バッテリーをシンプルにしたことで狭いスペースにも入り込みやすくなり、バッテリーをディスプレイ側に潜り込ませるという、ありえなかった配置が可能となった。6セルのバッテリーではセルの膨らみが絶対に液晶に干渉してしまっていたが、4セルならそれもない。ただし、バッテリーの位置とは非常に繊細なもので、バッテリーを通常は下に出っ張らせるが、VAIO Fitでは上側に出っ張りがあるのが特徴。そのためにヒンジ(開閉させるための蝶番機構)やバッテリーの調整が大変になり、設計部がバッテリーとヒンジの始点の位置を慎重に定めていった。また、キーボードの上にあるバッテリーの出っ張りをできるだけ消したいデザイナーの要望に応え、限界まで引っ込めた。おかげで、格段に薄く、フルフラットに近付くことができた。「天板を薄くするために、後から少しディスプレイのヒンジを止める部分を削りました。プラスチックの素材で後加工するのは異例です」(メカ設計 片平)。「ヒンジのちょっと上側(の内側)に膨らみがあって、そこを削ることで液晶部分を薄く仕上げてあります」(PL 葛谷)。そう、VAIO Fitはエントリークラスとしてはデザインの細部へのこだわりが徹底しているのだ。
ものをつくる人なら誰しも、お金も手間も思う存分にかけて、自分の理想通りのものをつくってみたい。しかし、制約が多い状況でいかにこだわりをつくっていけるか探すのも、やってみれば楽しい。設計者魂を揺さぶる、エントリークラスならではの醍醐味である。だがその上で、VAIO Fitは、コストの限界にも挑戦したのだ。「デザイン、設計、製造、みんなで協力して、お金をかけるところとかけないところを明確にしようよと」(メカ設計 片平)。たとえば、かけなくても大丈夫だと判断したのは、底面の塗装をしていないところ。金型にシボ(シワ模様)のテクスチャをつけ、塗装をしなくてもよい質感、汚れも付かない処理を施した。蓋やバッテリーも、同様に塗装を省いた。逆につくり込んだのは、液晶周りのフレームなど、極力余計な線が出ないようにすること。以前のモデルでは液晶とフレームの合わせ目が露出してしまっていたが、VAIO Fitは合わせ目が目立たず、前から見ても美しい仕上がりに。側面のオーディオ端子も、ボディ側面のラインに合わせてVAIO Fitオリジナルの部品をつくった。せっかく、陶器のようになめらかなラインが引けたのに、側面にくっ付いているオーディオ端子が尖っていては台無しだからだ。部品代は高くなってしまったが、他を抑えることで解決できた。「VAIO Fitをつくっていて、お金をかけないことと、妥協することは別と思った」(PM 林)。さらに、VAIO Fitには白モデルがあり、通常、白色を出すのは難しいが、「いい白が出せている」と開発チームは自負している。マット過ぎる白だと手で触った痕が落ちないので、長く使ってもらうことを考慮して10段階くらい塗装の加減を試した。また、表面の塗りだけで白色を表現するのではなく、下地になる素材の樹脂の色を調整段階で限界まで白くし、その上にブルーパール入りの白塗装を吹き付けることにより、独自の青味がかった深みのあるホワイトを完成させた。通常では2工程で再現させる色を1工程で実現させた。黒モデルも、擦り傷が付きにくい絶妙にマットな黒色に落ち着けた。「いかに頭を使って喜んでもらうか。おもてなしと言っては言い過ぎかもしれないが」(PM 林)。お金をかけない反面の、コストの限界への挑戦。それは、音質と画質の追求へと続く。
(2014年10月6日掲載)
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