上流設計から一貫して取り組む

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VAIOが安曇野で実践する環境と共存したものづくり 後編

長野県安曇野市に本社工場を構えるVAIO。水と緑豊かな立地を反映するかのように、環境に配慮したものづくりを重視している。高性能かつ良質なPCをつくることと、環境への配慮を、VAIOはいかに両立させているのか。今回の取材では安曇野本社工場を訪問。2014年にソニーから独立した当初から取り組んできた環境経営の本質や、工場内での環境に対する徹底したこだわりを聞いた。

水と緑豊かな安曇野でものづくりを続けてきた
VAIOだからこそできることがある

VAIOは2014年の会社設立以来、SDGsの潮流に先駆けて環境経営に取り組んできた。安曇野という地で自然環境と共存するスタンスを明確にし、現在も環境に配慮したものづくりを推し進めている。

糸岡 健 氏

VAIO
取締役 執行役員常務
糸岡 健 氏

2024年6月には社長室直下に専任の環境推進チームを新設した。社長室室長の糸岡健氏は「水と緑豊かな安曇野でものづくりを続けてきたVAIOだからこそできることがある。この想いを環境経営の根本において活動しています」と語る。

この姿勢が、環境を意識した製品設計、工場内の製造工程における取り組みへとつながっている。糸岡氏は「製品に対する環境意識と社会に対する環境意識を両輪で回していくことが大切。VAIOが真摯に環境に向き合っていることを安曇野から発信していきたい」と話す。

代表的な例が、中干しプロジェクトによる水田クレジットの創出だ。水田から発生するメタンは、土壌に含まれる細菌が稲わら等の有機物を分解することで生成される。水田を非湛水状態にし細菌の活動を抑制することで削減可能だ。VAIOはプロジェクトを通して、安曇野本社工場周辺の水田における中干し(一時的に水田を干上がらせる作業)の7日間延長を実施。CO2の約25倍の温室効果を持つメタンの排出量を削減した。この排出削減量をJ-クレジット制度でクレジット化し、買い取ったクレジットを14.0型ワイドの「VAIO Pro PK」に付加してカーボンオフセットしたPCとして提供を開始している。

水田クレジットを付加した「VAIO Pro PK」

水田クレジットを付加した「VAIO Pro PK」

さらに2023年からは安曇野本社と本社工場で使用する全ての電力を再生可能エネルギーへと切り替えた。安曇野の水力発電所で発電した電力を含むCO2フリー電力であり、エネルギーの地産地消を体現した事例として高く評価された。「都市近郊の工場では生まれなかった地産地消のストーリーです」と糸岡氏はVAIOならではの独自性を強調した。

要所要所で人が入念に確認
環境対応と良質なPCづくりを両立させる

現在のVAIOのビジネスは約9割が法人向けだ。開発本部 プロダクトセンター センター長の黒崎大輔氏は「法人向け製品は効率性・機能性重視になりがちですが、VAIOはデザイン性の高さや鮮やかなカラーバリエーションを用意して、常に『喜びのエッセンス』を注入しています」と語る。これこそVAIOの哲学であり、既成概念にとらわれない自由闊達さが多くの顧客に受け入れられている理由でもある。

黒崎 大輔 氏

VAIO
開発本部 プロダクトセンター センター長
黒崎 大輔 氏

「この哲学からわかるように、ブランドの根底には理性と感性の両立、ある意味で二律背反するものをかけ合わせて調和を取る思想が貫かれています。これは環境への思いにも共通しているものです。つまり、環境対応と良質なPCづくりの両立は我々にとって腑に落ちる考え方なのです」(黒崎氏)

今回の取材では本社工場を見学する機会を得た。訪れる前は細部まで自動化が進んだ生産ラインを想像していたのだが、実際に見てみると非常に多くの場所で「人との共存」を重視していることがわかった。言うまでもなくPCを使用するのは人だ。そのため、要所要所で人が入念な確認に注力している。

工程全体では約300弱ものチェック項目が存在する。そのうち約100項目は感覚的要素を含むため、専任の検査員が五感を駆使して入念に点検を行う。例えば組み上がった製品の最終点検では、角度を変えたり、光の当たり具合を変えたりしながら1台1台を隅から隅まで目視し、わずかな汚れやシミ、キズがあれば出荷されない。ほんの少しシールの位置がずれていてもNGになる。
※ 約200項目は設備、機械でのチェック項目

専任の技術者が角度を変えたり光の当たり具合を変えたりしながら、目視で確認する

専任の技術者が角度を変えたり光の当たり具合を変えたりしながら、目視で確認する

試しに不良品サンプルを手にとって見てみたが、どこに汚れやキズがあるのかまったくわからなかった。それほどまでに点検の精度は高い。もちろんタッチパッドのクリック感、あるいはキーボードの打鍵感も人の手で触って「心地よさ」や「使いやすさ」を確かめる。人の五感による検査に加えて機械による検査もあり、製品ごと設定された項目をチェックする。これを長野県安曇野市にあるVAIO本社工場の名称をとって「安曇野FINISH®」と命名し、VAIOの品質の高さを示すキーワードとしている。

神部 隆一 氏

VAIO
オペレーション本部 技術&製造部 部長
神部 隆一 氏

機械の流れ作業ではなく、一つひとつの工程に従業員が責任を持つ姿勢と、ものづくりに対するプライド――これこそがVAIOが掲げる「安曇野FINISH®」の真意である。

生産現場を管理するオペレーション本部 技術&製造部 部長の神部隆一氏は「機械が得意なところもあれば、人が得意なところもあります。それらを上手く融合しながら、いかに品質とともに生産の効率を上げていくかが我々にとっての重要なミッションです」と説明する。

ただし、一方的に「時間を短縮せよ」と号令を出すことはない。最大限のパフォーマンスが発揮できる作業環境を整備して、従業員が高いモチベーションを保ちながら生産効率を向上するアプローチを取っている。

「我々は生産する商品それぞれの構造や機能を把握し、その生産手法を立案したうえで各工程に対し、省工数、省スペースを心掛け、製造工程の工夫をしています。 それらを実現するため インフラ設備、治工具(生産用の専用器具)などを自社で設計、製作できる体制をとっています」(神部氏)

これらの取り組みを実施することが生産効率を高め、同じ時間で生産できる量を増やし、結果的に電力消費の抑制につながる。では、具体的にどのような最適化を実践しているのだろうか。

内製設備による効率化と
情報可視化でさらなる意識付けを図る

まずは神部氏が触れた治具が挙げられる。VAIOでは設計の早い段階から生産現場のエンジニアが参加し、製造工程をシミュレーションする。それを踏まえて設備、治工具による効率化を進める。

工場で見せてもらったのは、液晶パネルを本体と組み合わせる工程で使用する治具だ。同じ14.0型のパネルでもフルHD、タッチ機能付き等複数種あり、それぞれ外形サイズが微妙に異なっている。従来は専用部材での位置決めのため、部材と作業の存在が課題となっていた。

独自の設備を開発し、液晶パネルを組み込む作業工程を大幅に簡略化。同時に部品点数の削減にも成功した

独自の設備を開発し、液晶パネルを組み込む作業工程を大幅に簡略化。同時に部品点数の削減にも成功した

この設備は製品情報がひも付く1台1台に付与されたバーコードを読み取ることで、その製品が使用する液晶パネルに応じた位置だしを自動で行う仕組みとなっている。

「この設備のおかげで大幅に作業時間が短縮され、属人性の排除によってミスも激減しました。また専用部材で使用していた数多くの部品がなくなり、環境負荷の低減にも貢献しています。さまざまなアイデアを各部門から吸い上げて、生産設備で解決できることがあればどんどんチャレンジしていこうと考えています」(神部氏)

2つ目が電力の可視化だ。2021年から開始したもので、各生産ラインの使用電力をほぼリアルタイムでグラフ化して工場内の大型モニターに表示している。

「データを見える化すれば、どの工程にどれだけの電力が使われているかがひと目でわかります。ですから、『この週のこの工程の電力が多い』といった分析ができ、その原因を追及することで生産品質に影響のない範囲で電力を削減できるようになりました」(神部氏)

モニターには使用電力に加え、生産進捗率、週次の生産計画、カメラで撮影した作業時の手元の映像が映し出される。作業の様子を記録しているのは、事実を記録することで、問題発生時の解析精度とスピード向上を図り、事実分析による更なる改善を推進するためだ。神部氏は「今でも毎日のようにデータを見つめ直し、さらなる改善に向けた努力を続けています」と述べた。

工場内の見やすい場所に置かれた大型のモニターには、使用電力、生産進捗率、作業時の手元の様子などが一覧で表示される

工場内の見やすい場所に置かれた大型のモニターには、使用電力、生産進捗率、作業時の手元の様子などが一覧で表示される

3つ目がペーパーレスへの転換だ。これまでは数百ページにもおよぶ紙の作業標準書に従ってPCを組み立てていたが、デジタル化の波を受けてタブレットを試験導入。テストを重ね、2023年の半ばから量産ラインに本格導入した。

慣れ親しんだ紙の運用から切り替えるとあって、とにかくスムーズに移行できることを念頭に置いた。「タブレットも治具と同じで生産設備の1つですから、作業者のユーザーインタフェースを考慮しました。市販品を活用しているものの、細かい部分をカスタマイズして使いやすくしています」(神部氏)。これにより膨大な枚数の紙が不要となり、環境面、コスト面双方でメリットをもたらした。

右上に設置したタブレットに作業標準書を表示してペーパーレス化。画面の大きさは試行錯誤を重ねた末に14.0型に落ち着いたという

右上に設置したタブレットに作業標準書を表示してペーパーレス化。
画面の大きさは試行錯誤を重ねた末に14.0型に落ち着いたという

4つ目が部品点数の削減だ。生産設備においても可能な限り部品点数を削減し、リサイクル可能な部品は再利用するようにしている。設備はメンテナンスしながら長く使うため耐久性が求められる部品は難しいが、「品質に影響が出ない部分は積極的に試すようにしています」と神部氏は話す。

こうした地道な努力の積み重ねがCO2削減に結びつくことをVAIOで働く人たちは体感している。生産現場では今後も知恵を持ち寄りながら環境に配慮したものづくりを実践していくに違いない。後編では、製品の性能と環境配慮を両立させるための秘訣について紹介する。

日経BP Nikkei Business Publications,Inc. 日経クロステック(2024年9月2日)より転載