地域とともに歩む

scroll

地域とともに歩む VAIOが安曇野で実践する環境経営 後編

VAIOは設立当初から環境に対して真摯に向き合ってきた。ユニークなのは、環境対策にもPC同様、VAIOとしての個性がある点だ。水田を舞台とした「中干しプロジェクト」、地域社会との結びつきなどを通じて、VAIOが目指す環境経営の未来を解き明かしていく。

自治体や地元農家との連携によって
水田からのメタンを削減した中干しプロジェクト

2014年の会社設立以降、VAIOは明確に環境経営の方針を打ち出してきた。カーボンニュートラルやSDGsのムーブメントが訪れる前から環境対策に取り組み、これまでに「エコアクション21」や「ISO14001」など国内外の環境マネジメントシステムの認証を得た。

糸岡 健 氏

VAIO
取締役 執行役員常務
糸岡 健 氏

水と緑の豊かな風景が広がる長野県安曇野市(旧豊科町)に前身の工場が設立されたのは今から60年以上前の1961年のこと。「安曇野に本社工場があるのは、我々にとっては運命。環境に対する真剣度が求められることは十分に理解しています。ISO14001の取得によって対外的なアピールとともに社内の自信にもつながりました」。そう語るのは、取締役 執行役員常務 社長室室長の糸岡健氏だ。2024年6月に発足したばかりの環境推進チームも社長室の直下にある。

糸岡 健 氏

VAIO
取締役 執行役員常務
糸岡 健 氏

だが、ISO14001を取得しただけで満足しないところにVAIOの矜持がある。「本社工場周辺は水田に囲まれている。ならば、水田で何かアクションを起こせるのではないか」。このアイデアが端緒となり、2023年7月に「安曇野市新田の水田中干し期間延長による温室効果ガス削減プロジェクト」(以下、中干しプロジェクト)を開始した。

中干しとは、収穫前に一時的に水田を干上がらせる作業で、水稲の成長を調整するために不可欠なものだ。水田から発生するメタンは、土壌に含まれる細菌が稲わら等の有機物を分解することで生成される。水田を非湛水状態にし、細菌の活動を抑制することで削減が可能だ。中干しを7日間延長するとメタン発生量が3割削減できることがエビデンスとして確認され、2023年3月にはJ-クレジット制度における農業分野での新たな方法論として認められた。メタンはCO₂の25倍の温室効果があり、さらに日本のメタン排出量の約4割が水田から発生していることから、中干しの延長は有望な温室効果ガス削減策として注目されている。

※ J-クレジット制度は、温室効果ガスの排出削減量・吸収量をクレジットとして国が認証する制度。J-クレジットの購入者はカーボンオフセットなどに活かし、創出者は売却して資金に充てられるなど双方にメリットがある。

水田に囲まれた本社工場の立地からアイデアが生まれ、中干しプロジェクトが実現した

水田に囲まれた本社工場の立地からアイデアが生まれ、中干しプロジェクトが実現した

「これを受け、2023年7月から本格的に中干しプロジェクトが動き始めました。水田由来のJ-クレジット(以下、水田クレジット)申請は長野県内企業では初の試みです。そのため長野県や安曇野市に相談し、偶然にも安曇野本社のすぐそばで稲作を営んでいた農事組合法人 新田安曇野生産組合を紹介していただきました」(糸岡氏)

本プロジェクトで創出した水田クレジットをVAIOが購入し、新田安曇野生産組合はカーボンニュートラルに貢献しながら多少なりとも収入を得られる。地元と手を組んだ理想のスキームとなった。中干しそのものは古くから続く習慣であるが、7日間延ばすことはリスクを伴う。しかし取り組みを説明したところ、農家の人たちは快諾してくれた。糸岡氏はその意識の高さに感銘を受けたという。

糸岡 健 氏

「J-クレジットの申請手続きは複雑で手間がかかり、農家の方が自分たちでやりたいと思ってもかなりハードルが高いものです。ですからVAIOがきちんと専門の企業(農業分野のJ-クレジット創出を手がけるGreen Carbon社)と組み、クレジット化の手続きをすべて代行。農家には中干しに集中していただき、必要なデータを渡してもらうだけにしました。参画のハードルを下げることも我々の役目だからです」(糸岡氏)

初年の成果は実施農家数が54軒で、最終的に15t(12.5ha分)の水田クレジットを創出した。この水田クレジットは2024年5月から提供を開始したカーボンオフセットしたPCに活かされている。

「生産者の方々の環境貢献意識のみに頼るのではなく、多少なりとも収入が入る仕組みはモチベーションの1つになるはずです。もちろん、2024年も継続しています。この先も国や地方自治体に継続的に支援をいただきながら地道に着実に拡げていきたいと思っています」(糸岡氏)

オオルリシジミを保護したい
地域に溶け込んだ環境活動

今回の取り組みは環境負荷の軽減と、製造業の重要なステークホルダーである本社工場近隣住民との関係強化を同時に追求する試みであり、ブランド力の向上にもつながるものだ。糸岡氏は初年を振り返り、「都市近郊の工場では生まれなかった地産地消のストーリーです。安曇野という地域とともにあるからこその取り組みです」と手応えを語った。

一方で安曇野には自然由来の資源が数多いだけに、「水田クレジットに限らず環境に関わる取り組みを地元からどんどん増やしていきたい」と意気込む。

地域に溶け込んだ環境活動には前例がある。1つ目が絶滅危惧種の蝶であるオオルリシジミの保護活動だ。安曇野市の天然記念物でもあるオオルリシジミの幼虫は、マメ科のクララしか食べない。VAIOでは貴重な蝶を守りたいとの思いから、クララを本社工場敷地内に植栽して少しでも繁殖するように支援している。

本社工場敷地内に植栽しているクララの苗木

本社工場敷地内に植栽しているクララの苗木

「この保護活動は社員の有志が自発的に手を挙げて始まりました。安曇野の生活者が安曇野の工場でものづくりをしているからこその気づきです。このように、そもそも環境に対して意識が高い社員がいることも当社の強みです」(糸岡氏)

2つ目が地域美化清掃活動だ。年に2回開催される「安曇野市豊科地区一斉清掃」にVAIO社員が参加。始業前の1時間、本社を中心に周辺地域のゴミ拾いを行う。

「清掃活動は2014年の会社設立以降、継続しています。直近の2024年5月の活動も、朝早い時間にもかかわらず多くの社員が参加しました。社長、役員、社員が一緒になってゴミ拾いをすることで連帯感が生まれる効果もあります。また、清掃の最中には近隣住民の方々と挨拶を交わしたり、立ち話をしたりして交流を深めています。地域の人に一言『ご苦労さん』と言われるだけでも気持ちは変わってくるものです」(糸岡氏)

ソニー時代には工場内で開催される会社の夏祭りに周辺住民を招待してきた。今は社員および家族限定のイベントになっているが、いずれは再びオープンにして地域コミュニティとの絆を強めたいという。こうしたコミュニケーションが、一緒にさまざまな取り組みをしていくきっかけづくりになるからだ。「以前から培ってきた結びつきを活かして、これからも地域の環境保全、文化保全に貢献したいと思います」と糸岡氏は話す。

自社のサプライチェーンで温室効果ガスを削減
カーボンインセットこそが目指すべき姿

環境経営方針では、2030年度のCO₂排出量を2018年度比で50%削減する目標を立てているが、2023年に本社工場の電力をすべて再生可能エネルギーに切り替えたことで大きく弾みがついた。製品のライフサイクルアセスメント全般で排出量を削減している効果も重なり、「ほぼ目標は達成可能」と糸岡氏は自信を深める。そのうえで「数字の帳尻合わせではなく、先ほどのストーリーのように意味のある取り組みを2030年までの挑戦として続けていきます」と述べた。

「意味のある取り組み」を象徴する中干しプロジェクトは、カーボンインセットを目指す環境経営方針の一環である。カーボンインセットとは自社のサプライチェーン内でステークホルダーとの連携を通じて温室効果ガス削減を目指す仕組みだ。

周辺農家の中干し延長によるメタン削減に始まり、そこから水田クレジットを創出し、水田クレジットを付加したカーボンオフセットPCを法人顧客が利用する。自然環境に配慮しながら、地域に根ざした一連の流れを描いている日本の製造業の例は珍しい。

糸岡氏は今後の展望について次のように語った。「ものづくり、そして地域の環境保全を通じてだけでなく、製品をお客様にお使いいただくことを通じて環境に貢献する。これは我々だけでなくお客様にとっても価値にならねばなりません。今後はどれだけ多くの人たちを巻き込んでいけるかどうかが鍵を握ります。これまで同様、さまざまなステークホルダーと一緒に取り組みながら次の目標を打ち立てていくことが重要です」。

安曇野から維持可能な社会への貢献

設立10周年を機に、環境経営の推進を強化するVAIO。安曇野の地から、持続可能な社会へ貢献していく

水と緑豊かな安曇野でものづくりを続けてきたVAIOだからこそできることがある。この想いをもとにVAIOの環境経営はますます研ぎ澄まされていくに違いない。水田クレジットに二の矢、三の矢が続けば、安曇野の特性を活かしたカーボンインセットはさらに充実するだろう。地域とともに歩み、ものづくりを通して持続可能な社会へ貢献していくVAIOの挑戦は、これからも続く。

日経BP Nikkei Business Publications,Inc. 日経ビジネス(2024年8月26日)より転載