現代の企業にとって、環境とともに生きることは社会的な責務となっている。とりわけ、日本の中枢を支える製造業は環境への対応を念頭に置かねばならない。そうした中、VAIOは10年前の設立時から「環境に配慮したものづくり」をいち早く実践してきた。長野県安曇野市に本社工場を置くVAIOは、地域に根ざしたユニークな環境経営を推し進めている。安曇野の本社工場を訪れ、環境対策を率いるキーパーソンに話を聞いた。

環境経営の推進は
設立当初から少しも揺るがない

2024年7月1日に設立10周年の節目を迎えたVAIO。長野県安曇野市に構えた本社工場は背後に緑豊かな水田が広がり、遠方には雄大な北アルプスの山々を望む。ここで日々、最先端PCが製造されていると聞いたら驚く人も多いに違いない。

この立地が、環境とともに生きるVAIOのDNAを育んできた。設立当初から環境経営を推進し、早い段階で環境省が策定した日本独自の環境マネジメントシステム「エコアクション21」の認証を取得。加えて国際的な環境マネジメントシステム「ISO14001」の認証を取得するなど、一貫して環境と事業の調和を図ってきた。

⽔と緑豊かな安曇野に⽴地するVAIOの本社工場

近年、これらの動きを加速させている。中でも2023年は転換点となった。同年7月には本社工場で使用する電力を実質的に100%再生可能エネルギーへと転換。CO₂フリー電力の一部は安曇野で発電した水力発電の電気を活用している。

同じく7月には長野県、安曇野市、農事組合法人と協力して、近隣の水田を舞台に「安曇野市新田の水田中干し期間延長による温室効果ガス削減プロジェクト」(以下、中干しプロジェクト)を展開。水田からのメタン排出削減量をJ-クレジット制度による「水田クレジット」として認証し、後述するカーボンオフセットしたPCへとつなげた。このように、自社の環境活動を通じて地域社会の活性化にも貢献している。

※ J-クレジット制度は、温室効果ガスの排出削減量・吸収量をクレジットとして国が認証する制度。J-クレジットの購入者はカーボンオフセットなどに活かし、創出者は売却して資金に充てられるなど双方にメリットがある。

VAIO
取締役 執行役員常務
糸岡 健 氏

そして2024年6月には社長室の直下に環境推進チームを発足させ、環境経営全般をリードする体制を整えた。チームを率いるのは取締役 執行役員常務として社長室室長を担当する糸岡健氏だ。

VAIO
取締役 執行役員常務
糸岡 健 氏

「水と緑豊かな安曇野でものづくりを続けてきたVAIOだからこそできることがある。この想いを環境経営の根本において活動しています」(糸岡氏)

社員の多くが地元出身者だけあり、「安曇野」という言葉に誇りを持っている。社内ではポータルサイトを通じて積極的に環境関連の情報を提供し、「意識付け」にも力を入れている。「上意下達で環境対策を指示するケースも少なくありませんが、VAIOでは地元に住んでいる人たち、働いている人たち一人ひとりが取り組むことを重視しています。そのほうが永続性もありますし、力がどんどん大きくなると信じているからです」(糸岡氏)。

新たな試み、認定整備済PCが好調
環境配慮の製品は
顧客にとっても付加価値になる

こうした姿勢が、環境を意識した製品設計、工場内の製造過程における取り組みへと昇華されている。製品設計では省電力機能の強化、無塗装樹脂の導入、再生プラスチックの活用、同梱物削減などに努める。製造過程では独自の治具(補助工具)による工程の効率化や部品点数の削減、リアルタイムでの電力可視化、ペーパーレスによる紙の削減などが挙げられる。一つひとつの積み重ねは小さいかもしれない。しかし、結果的に環境対策にとってプラスになるものばかりだ。

糸岡氏は「製品に対する環境意識と社会に対する環境意識を両輪で回していくことが大切。VAIOが真摯に環境に向き合っていることを安曇野から貪欲に発信していきたい」と意欲を見せる。その発信に一役買っているのが、2023年8月から個人向けに始めた「認定整備済PC事業」である。

認定整備済PCとは、市場から回収したVAIOの中古製品を本社工場でリフレッシュしたリユースPCを指す。対象は2020年1月以降の比較的新しいモデルで、天板、キーボード、タッチパッド、パームレスト、バッテリーほか主要パーツを新品に交換。本社工場で厳格な品質チェックを行い、新品同様に1年間のメーカー保証がつく。手が届きやすい価格帯に抑えていることもあり、価格を気にするユーザーに響いている。

持続可能な社会への移行に伴い、若い世代を中心に「良いものを長く使う」という考え方が浸透してきたことがきっかけとなった。一方でBtoC領域での挑戦はさらなる効果をもたらしたという。

「我々のビジネスは約9割が法人向けですが、認定整備済PCの取り組みを知り、当社と組んでVAIOのリースアップ品を再利用したいとのお話を法人のお客様からいただきました。環境に配慮した製品を使うことはお客様にとっても付加価値になるからです。また、当社製品を取り扱うリース会社からは『新たなターゲットを開拓できるのではないか』との声も寄せられており、これから法人向けにも本格展開する自信がつきました。法人のお客様もリサイクルやリユースを真剣に検討していることを実感しています」(糸岡氏)

本社工場でキーボード部品を新品に交換するリフレッシュの様子

10年前、法人向けに舵を切ってからのVAIOは、尖った先進性と堅牢性を両立して着実にファンを増やしてきた。通常、業務用PCは3〜4年経てば入れ替えとなるが、認定整備済PCへの反響を目の当たりにした糸岡氏は「整備すればVAIOはもっと長く使える。そうした手応えを多くのお客様が感じているのではないか」と見る。根底には1年でも長く使ってもらうことを前提とした設計思想がある。VAIOにとって、自社のバリューを活かした法人向けリユースPCの新市場が期待できそうだ。

地場で生まれた水田クレジットを
カーボンオフセットしたPCに活用

もう1つの象徴的な事例として、カーボンオフセットしたPCがある。先述した中干しプロジェクトからの創出分を含む水田クレジットを付加した製品で、2024年5月に第1弾として三井住友ファイナンス&リースへ提供した。

本プロジェクトは、水田の中干し(水稲の収穫前に一時的に田面を乾かす作業)に着目したものだ。中干しを7日間延長するとメタン発生量が3割削減できることがエビデンスとして示され、2023年3月にJ-クレジット制度における農業分野での5つ目の方法論として認められたことが契機となった。実証を行ったのは本社工場近くの水田だ。メタンはCO₂の25倍の温室効果があるだけに、環境保全の面でも大きな意味を持つ。

カーボンオフセットしたPCとして取り扱いを開始した14.0型ワイドの「VAIO Pro PK」

「三井住友ファイナンス&リースから、『水田クレジットを創出したと聞いたのだが、それを反映したPCはあるのか』と問い合わせがありました。安曇野の地場で生まれた水田クレジットを使うというストーリーにも強く惹かれたそうです。このように、環境に敏感なお客様が声をかけてくださります。今後はもっと広がっていくのではないでしょうか」(糸岡氏)

とはいえ、リユースPCやカーボンオフセットしたPCの導入はまだまだ一般的ではない。「お客様も試行錯誤されている段階です。法人でも環境に優しいPCを使うことが当たり前になる、そんな世界をこれから一緒に作っていきたい」と糸岡氏は述べた。

前編では、VAIOが取り組む環境経営と象徴的な製品を中心に紹介した。続く後編では、中干しプロジェクトの具体的な内容、地域社会との関わり、今後の展望について聞いていく。

日経BP Nikkei Business Publications,Inc. 日経ビジネス(2024年8月19日)より転載