VAIOは2014年にソニーから独立。ターゲットを法人向けのPC市場に絞って再出発した。しかし、社内カルチャーを容易には変革できず、高価格帯のプレミアムな製品を作り続け、ニッチなブランドになっていた。そこで、一大決心のもと、2023年に標準価格帯のモデルを相次いで発売して裾野を一気に拡大。2年間で売り上げと販売台数を約2倍に伸ばしている。この変革を確実に進めるため、VAIOはブランド価値と組織の行動理念を改めて確認し、営業戦略を大きく転換した。代表取締役社長の山野正樹氏に、成長のために描いた戦略を聞く。

VAIOの価値はどこにあるのか
3つのキーワードに集約

高価格帯のプレミアムな製品のみを展開していたVAIOは、さらなる成長を図るために、2021年に社長に就任した山野氏のもと、標準価格モデルの投入に踏み切る。

標準価格帯のモデルを作るには、機能や性能を削り、コストが低い材料に置き換える必要がある。何を削り、何を残すべきか。その判断を間違えれば、VAIOのブランド価値は一瞬にして失われる。

VAIO
代表取締役 執行役員社長
山野 正樹 氏

「私たちは、常に時代の一歩先を行かなければなりません。比較的低価格のモデルとはいえ、それを外したらVAIOでなくなってしまいます」と、山野氏は語る。標準格帯のモデルを開発するにあたり、いま一度VAIOの商品理念を明確にする必要があった。

山野氏は、経営陣を皮切りに社内の各組織のメンバーと何度も議論した末、VAIOの商品理念を3つのキーワードにまとめた。「カッコイイ」「カシコイ」「ホンモノ」だ。「VAIOの本質をとことん突き詰めて、たどり着いた3つの価値。これらをすべて備えた製品がVAIOであると、方向を定めました。製品開発のあらゆる意思決定において、この3つがそろっているかどうかを判断基準にすると宣言したのです」(山野氏)。

VAIO
代表取締役 執行役員社長
山野 正樹 氏

暗黙知だったVAIOのコンセプトを3つの言葉で可視化し、全社員の目線を合わせた

「カッコイイ」が象徴するのは、姿、形、色だ。「毎朝、PCを開く瞬間ワクワクする」を合言葉に、デザイン面を追求した。ヒンジの見えないスタイリッシュな見た目や、液晶を開くとチルトアップしてキーボードが打ちやすくなるといった機能美を備える。

「カシコイ」を象徴する機能の1つは、Web会議の品質を高める「AI(人工知能)ノイズキャンセリング機能」だ。ソニー時代から培ってきたステレオマイクの技術とAI制御を組み合わせ、業界最高レベルの性能を実現している。また、同じくソニー時代から積み上げてきたバッテリー技術を活かし、長時間のビジネス使用を支えるバッテリー節約設定を備える。これらは、スタンダードからハイエンドまでの全製品に実装している。

バッテリー節約設定により、快適さはそのままに実使用時間を長く維持する

「ホンモノ」が象徴するのは、日本のものづくりのクオリティーだ。約120項目に及ぶ品質チェックを徹底し、技術に誇りを持った専任の技術者が1台ずつ責任を持って製品を製造、出荷している。これを長野県安曇野市にあるVAIO本社工場の名称をとって「安曇野FINISH」と命名し、VAIOの品質の高さを示すキーワードとしている。

専任の技術者が光の当たり具合を変えながら、一台ずつ目視で確認する

リーズナブルな価格を実現するために材料を置き換えても、VAIOを名乗る以上は、必ずこの3つの価値を備えている。暗黙知だったVAIOの価値を可視化し、全社員の目線を合わせた。

とことん議論して5つの行動理念を定め
組織の一体感が生まれる

商品理念と同時に、「5つの行動理念」を定めた。「誠実」「敬意」「自由闊達」「プロフェッショナル」「ワンチーム」だ。こちらは、役員や部長が合宿し、議論した末に皆で決めた。「行動理念を具体的な言葉にしたことで、組織の一体感が生まれ、VAIOを世の中に広めていこうという機運が盛り上がりました」(山野氏)。

組織の一体感が、なぜ必要なのか。これまでも、開発、製造、営業、カスタマーサービスなど、部門ごとのチームワークで仕事の質を高めてきた。しかし、部門ごとの最適化が、必ずしも全体の最適化になるとは限らない。顧客満足度を高めるには、縦割り組織の弊害を徹底的に排除し、横の連携を高め、シームレスで質の高いサービスを提供する必要がある。そのために、商品理念と行動理念で意識の統一を図ったわけだ。

VAIOは、開発、設計、製造の組織がすべて長野県安曇野市の本社に集中している。新製品を開発するとなれば、開発、設計、製造、営業、カスタマーサポートなどの担当者が1つの部屋に集まる。法人顧客が求めている機能や性能のトレンド、製造に向いた設計、故障しにくい構造、メンテナンスが容易になる仕様などを早い段階で議論し、効果の高い開発を実現している。「大手メーカーでは、各部門が別々の場所に分かれているケースも多いのですが、VAIOは、すべてが安曇野に集中しています。担当者が日々顔を合わせることによって、素早い情報交換とアップデートが可能になります。それが、国内のお客様に寄り添った、高い品質のPCづくりの根底にあります」(山野氏)。

ソニー時代は、製品ラインごとの開発チームが別部門のように分かれて活動していたが、現在はプレミアム、アドバンスト、スタンダードに関わらず、すべての製品開発を1つの組織に統合している。もちろん、担当者は製品ごとにアサインするが、活動を透明化し、お互いに何をしているかが分かる組織にした。

高品質な日本のものづくりが認知されて
大企業での採用が拡大

営業体制の変革も進めている。ソニーから独立した後も、販路は数年間ソニーに頼っていた。ソニーのVAIOの販売はコンシューマー市場に強いが、法人向けのPC市場に強いとは言えない。近年は、自社で代理店や販売店と直接取引している。それに先立つ2016年12月には法人向けのWebサイトとサポート窓口を開設し、ECサイトでユーザーへの直販を始めた。

「代理店や販売店との関係性を強化しています」(山野氏)。VAIOが、企業ユーザーが満足する商品であることを納得してもらわなければ、代理店や販売店は大きく扱ってくれない。VAIOにも標準価格帯の製品があり、TCO(Total Cost of Ownership)、つまり初期導入費用だけではなく運用期間中の費用も含めた総コストで見れば競争力が極めて高い。また、社員のモチベーションや生産性の向上にも貢献する。そのことを理解してもらうために、内覧会や説明会を開いたり、代理店の顧客訪問にVAIOの営業が同行するような活動を進めている。

最近、大企業での導入が増えている。山野氏もトップセールスに余念がない。「VAIOのことをよく知らないお客様がまだ大勢います。実機に触れ、AIノイズキャンセリング機能などを体験していただけば、他社にない魅力と実力を備えたPCであることをご理解いただけます」(山野氏)。大企業での導入が進んでいることを知り、積極的に動いてくれる代理店や販売店が増えていると語る。

PCを軸に快適な業務環境を提供し、仕事の生産性を高めることは、VAIOの使命だ。それを実践する最新のアイテムが、2024年7月に登場する。超軽量なモバイルディスプレイ「VAIO Vision+(バイオ ビジョンプラス)14P」だ。

モバイルディスプレイの新製品「VAIO Vision+ 14P」は、PC画面の上に設置することができる

カーボン製の筐体で約325gと軽く、持ち歩いてもストレスが少ない。付属のケースを折り曲げてスタンドとして使えば、PC画面を縦に並べることができる。出張先のビジネスホテルや自宅など限られた空間でも、広い作業スペースを確保。生産性をさらに高めるアイテムとして発売する。

「私たちは、まだ入り口に立ったばかりです。これからもVAIOの商品理念を大切にしながら、お客様に寄り添ったPCづくりを追求していきます」(山野氏)。日本メーカーには、海外メーカーには真似できないきめ細やかさとこだわりがある。良いものには、価格やスペックを超えた価値がある。ビジネスPCの理想的なスタイルを目指し、VAIOは今後も進化を続けていく。

日経BP Nikkei Business Publications,Inc. 日経ビジネス(2024年7月8日)より転載