コロナ禍に起因した特需が終わり、PC市場は低迷気味にある。そんな中、VAIOの売れ行きが好調だ。直近の2年間で、売り上げと販売台数が約2倍に伸びている。法人向けPCが大企業で多く採用されるようになった成果だ。スタイリッシュで壊れにくい高品質な日本のものづくりが、ビジネスユーザーの心を捉えている。VAIOはソニーから独立し、今年で10年の節目を迎えた。「まだ入り口に立ったばかり」と語る代表取締役社長の山野正樹氏に、ビジネスを急伸させた組織とプロダクトの変革について聞いた。

10年前、法人市場をターゲットに再出発
国内市場に集中し、経営の立て直しを図る

「企業のPCは一般的に、4~5年使われます。TCO(Total Cost of Ownership)、つまり初期導入費用だけではなく運用期間中の費用も含めた総コストの観点から、VAIOを選択されるお客様が増えています」と語るのは、代表取締役社長の山野正樹氏だ。カタログ上のスペックに対する価格だけを見れば、外資系メーカーの方が有利に見える。しかし、VAIOは上質な材料を使い、設計も緻密で、隅々まで手を抜いていない。壊れにくくてバッテリーの持ちが良く、きれいな状態で長く使えるため、IT管理者の負担も少ない。実際に導入してその良さに気づき、リピート購入する企業が増えている。

VAIO
代表取締役 執行役員社長
山野 正樹 氏

色やデザインが美しい点も、VAIOのウリだ。社員の受けが良く、商談の場面でもイメージが良い。「筐体のカラーを社員の好みで選べるようにしているお客様もいます。自分で選んだPCなら愛着が生まれやすく、仕事のモチベーションが上がるからです」(山野氏)。オフィスワークはもちろん、リモートワークの浸透により自宅でもPCと向き合う時間が増え、在宅勤務時のモチベーションが課題になっている。社員のエンゲージメントや生産性の向上を視野に入れ、VAIOを選ぶ企業も増えた。

VAIO
代表取締役 執行役員社長
山野 正樹 氏

VAIOは2014年にソニーから独立し、今年で10周年を迎える。VAIOというブランド名は「Video Audio Integrated Operation」の頭文字を取ったもので、最初はエンターテインメントを高品質に楽しめるPCとしてスタートした。

しかし、ソニーからの独立を機に、VAIOは経営戦略を大きく変えた。新戦略の柱は2つある。1つは「法人市場にフォーカスすること」だ。音楽や動画を楽しむデバイスは、PCからスマートフォンに移りつつあった。加えて、コンシューマー市場は変化が速く、安定した成長が望めない。堅調なビジネスが期待できる法人市場に大きく舵を切った。

もう1つは、「海外市場からの撤退」だ。VAIOの人気は海外でも高かったが、国内市場にリソースを集中させ、ビジネスの基盤を固めることにした。国内のユーザー向けに特化した商品を、国内で製造する。徹底的に国内ユーザーに寄り添ったPCというVAIOのブランドを確立した。

さらなる成長のために大きな決断
標準価格帯のモデル投入で裾野を拡大

経営方針を転換した後も、試行錯誤は続いた。VAIOは誕生以来、コンシューマー向けに製品を提供してきたため、「誰もやったことのない、斬新なものを作りたい」というカルチャーが組織全体に浸透していた。「法人市場に舵を切れ」と急に言われても、すぐには変われない。

「法人市場で成功するには、従来のVAIOの開発方針を改める必要がありました」(山野氏)。企業にとって、PCは仕事のツールだ。斬新で派手な製品よりも、しっかりとした基本性能と品質を低コストで提供する必要がある。また、ビジネス用のPCは1日8時間、週5日の体制で酷使される。頑丈で壊れにくく、長く使える製品が好まれる。

法人向けに方針を変えた後も、VAIOは法人市場でプレミアムなPCを提供し続けた。一部のビジネスパーソンには好まれて伸びてはいるが、さらにシェアを拡大する必要があった。なぜなら、さらなる成長のためには調達コストを下げることが求められるからだ。

2021年に山野氏が社長に就任した当時も、そこが課題だった。「強い危機感を覚えました。販売台数が少ないと、部品の調達力が下がる。製造コストを下げられないので、製品価格が高くなる。高くなれば、さらに売れなくなる。将来的に『負の循環』に陥る可能性があると感じました」(山野氏)。

この状況を打開するため、経営陣は思い切った決断をした。価格競争力のある新しいシリーズを出し、ユーザー層の裾野を広げる。それが、2023年3月に発表した14.0型ワイドモデルの「VAIO Pro BK」と16.0型ワイドモデルの「VAIO Pro BM」だ。どちらも従来のVAIOにはなかった、比較的低価格のモデルになる。

「ビジネス用のスタンダードモデルとして市場に投入しました。松竹梅の『松』しかなかったVAIOに、『梅』を加えたのです」(山野氏)

2023年3月に2つのスタンダードモデルを発表し、幅広いラインアップを取りそろえる

スタンダードモデルとはいえ、VAIOのアイデンティティーを継承させている。まず、デザインにこだわった。パームレストには、一体成型によるヘアライン仕上げのアルミ合金を使用。キーボードはキーピッチを十分に取った専用設計で、日本語入力に向く使いやすさにこだわっている。液晶を開くと、キーボードがチルトアップして自然な傾斜ができ、打鍵しやすい。閉じる動作も片手で軽くできる。ボディ全体が緻密な設計で、傷がつきにくく耐久性に富み、美しい状態で長く使える。畳むと持ちやすくて見た目が良く、VAIO特有のプレミアム感が感じられる。

見た目の美しさと使いやすさを両立するのがVAIOの特長

その半面、徹底的なコストカットを断行した。例えば、天板は金属感のある仕上がりだが、高剛性な複合プラスチックをベースとしている。バッテリーパックは、多品種のセルを組み合わせた構造から、同一のセルを組み合わせた標準的な構造に変えた。「企業が検討しやすい価格帯の商品を投入したのは、実際に使っていただければ、VAIOの良さを分かってもらえるという信念があったからです」(山野氏)。

選択肢が増えたことで
大企業含め、さまざまな企業が導入

2つの新モデルは、企業ユーザーの関心を集めて販売台数が急伸。さらに松竹梅の「竹」にあたる13.3型ワイドモデルの「VAIO Pro PG」を2023年8月に発表した。

「松」しかなかったVAIOに「竹」と「梅」が加わった。高価格帯から標準価格帯まで、幅広いニーズに応えるラインアップが完成した。「より多くの方に使っていただくことで、スペックに表れないVAIOの実力を理解していただけるようになりました」(山野氏)。VAIOの良さは、使って初めて実感できるものが多い。販売台数を増やすことで、VAIOの魅力を知る人も増えてきた。

ファインホワイトやアーバンブロンズ、ファインレッドといったカラーを取りそろえる。さまざまなカラーから選べると好評だ

標準価格帯のモデル投入によって販売台数が増えると、部品の調達力が向上し、ハイエンドモデルの製造コストも下がり始めた。山野氏の言っていた「負の循環」が逆に回り、好循環になり始めている。

「PCは、社員が毎日向き合う仕事の道具です。それを少し良くするだけで、社員のモチベーションは大きく向上します」(山野氏)。近年、在宅勤務で感じる孤独感や気分の低迷が課題になっている。1日の仕事をどう始めるかによって、業務効率は大きく変わってくる。

PCへの投資を考える際の観点は、初期導入費用と性能だけではないはずだ。社員のモチベーションと生産性の向上は重要なポイントになる。毎日使う道具だけに、どんなPCを選ぶかが社員に与える影響は大きい。「数少ない国内のPCメーカーとして、責任あるものづくりをしています。日本のものづくり精神を貫いた高い品質のPCで、生産性の向上に貢献します」と山野氏は述べた。

前編では、VAIOの経営戦略と製品ラインアップの変革について報告した。続く後編では、この2年でVAIOが進めた組織の変革と、営業戦略の転換についてリポートする。

日経BP Nikkei Business Publications,Inc. 日経ビジネス(2024年7月2日)より転載